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もしも、あなたが「キヤノンのCEO」ならば【RTOCS®】

「RTOCS®(Real Time Online Case Study)」をご存知でしょうか?「RTOCS®」とは、BOND-BBT MBAプログラムをBOND大学と共同で運営する株式会社ビジネス・ブレークスルーが独自に開発した教育メソッドです。国内外の経営者、リーダーが取り組んでいる現在進行形の課題をケースとして取り上げ、「自分がその組織のリーダーであればどのような決断を下すか」を経営者、リーダーの視点で考察し、「意思決定」に至る力を鍛錬。前例のない予測不可能な現代社会において時代の流れを読み取り、進むべき道を見極め、切り拓くことのできるビジネスリーダーの育成を目指しています。

本プログラムでは大前研一が担当する「戦略とイノベーション Part A(Strategy and Innovation Part A)」で取り組む「RTOCS®」。一部のケースが書籍化され、Amazon等で販売されています。

今回は、書籍版「RTOCS®」で取り上げられるケースの一部をご紹介していきたいと思います。1つのケースにおいても解説をすべてお見せすることができないのが残念ではありますが、「RTOCS®」の一端を垣間見ることができるのではないでしょうか。お時間があるときにぜひご覧ください。

今回ご紹介するケースは、キヤノンです。

あなたがキヤノンのCEOならば、オフィス機器とカメラ機器という中核事業の成長が止まり新規事業の育成が急務とされるなかどのように舵を切るか?

【BBT-Analyze】大前研一はこう考える~もしも私がキヤノンのCEOだったら~

キヤノンの成長を支えてきたオフィス機器(複写機複合機、プリンタ等)及びカメラの二大主力事業が近年、業界の構造転換により大きな転機を迎えている。複写機複合機では、オフィスのプリンティング環境のコスト削減にコミットした包括的サービスを提供するManaged Print Services(以下MPS)が注目されることにより、業界自ら市場縮小に努めながらシェアを奪い合うことを余儀なくされている。競合他社がこぞってMPSに参入するなか、キヤノンは大きく出遅れ、複写機をはじめとするオフィス機器の売上が低迷している。また、デジタルカメラはスマートフォン普及の影響により、出荷台数及び製品単価の下落が進み、世界シェアトップのキヤノンをはじめ、他社もその打撃を受けている。キヤノンは、中核事業であるオフィス機器とカメラ機器の売上低迷という現状を、どのように打破するかが課題となっている。

◆日本を代表する世界企業・キヤノン 主力事業が低迷する現状

#巨大な売上を誇る精密機器メーカー

数ある精密機器メーカーのなかでも、日本を代表する世界企業として巨大な売上を誇るのがキヤノンです。2014年12月期の売上高は、3.7兆円。その内訳を見てみると、レーザープリンタ、複写機、商用・産業用プリンタ等、インクジェットプリンタの4部門で構成されるオフィス機器が売上の7割弱を占めており、事業の大きな柱になっていることがわかります(図−1)。そしてもう一つの柱が、売上の23%を占めるカメラ機器です。これには、デジタルカメラ、ビデオカメラ、レンズが含まれます。他、産業機器が8.3%(うち露光装置[i]が2.4%)となっています。

[i] 露光装置:半導体や液晶パネルの基板の作成などに用いられる回路パターンをレーザー光で現像する装置。

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#事業の柱であるオフィス機器・カメラ機器の売上が低迷

約3.7兆円というキヤノンの売上高は、競合他社を圧倒する数字ではあるものの2007年の4.5兆円をピークに連結売上高は低迷し、リーマンショック以降回復できていません(図−2)。営業利益においても、ピークには8000億円近い利益をあげていましたが、現在は約3600億円とこちらも2007年以降伸びていません。

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その大きな要因は、主力事業であるオフィス機器、カメラ機器の低迷です(図−3)。また、製品別売上高を見ても2007~08年以降、レーザープリンタ、複写機、インクジェットプリンタ、カメラ機器は低迷しています(図−4)。次にこれら主力事業低迷の背景を分析していきましょう。

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◆オフィス機器における業界構造及び競争環境の変化

#低価格化が進み、競争激化する複写機業界

複写機・プリンタの世界生産台数については図−5の通り、レーザープリンタはほぼ横ばい、インクジェットプリンタは大きく減少傾向にあり、複写機はリーマンショック前の水準に回復した程度となっています。

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図−6でそれぞれのメーカー別シェアを見てみますと、レーザープリンタのブランド別シェアは米ヒューレット・パッカード(以下HP)が約4割弱と非常に高く、韓国サムスンがその後を追っています。キヤノンは6.6%と低いのですが、HP製のレーザープリンタの大半はキヤノンのOEM供給のため、OEMを含む生産メーカーベースのシェアではキヤノンはモノクロレーザーで44.7%、カラーレーザーで40.8%と世界トップシェアを誇ります(図-7)。

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しかし、もともと日系メーカーが寡占していた市場に韓国サムスン電子が2位にランクするなど、新興国メーカーによるコモディティ化[ⅱ]の兆候が現れています。

インクジェットプリンタのブランド別シェアでは、米HPに次ぎ、キヤノンは2位にランクしています。HP製のインクジェットもやはりOEMであるため、生産メーカーベースのシェアは異なります。詳細なデータは省きますが、OEMを含む生産メーカー別シェアではトップは台湾の鴻海26%、2位にキヤノン25%、3位にセイコーエプソン16%という状況で、その他にも多くの台湾・アジア系のEMS[ⅲ]がシェアを占めています。すなわち、インクジェット市場は既にコモディティ化が激しく進行しており、業界は需要減少と低価格化が同時に進んでいる状況です。したがって、ハードウェアの販売で利益を出すことは極めて困難であり、米レックスマークや米コダックなどの老舗メーカーはインクジェットから撤退しています。また、従来、インクジェットはハードを安く販売し、高額な純正インクで利益を回収するビジネスモデルですが、非純正品やインクの再充填などが横行するなか、純正品も大容量化や低価格化で対抗せざるを得ない状況になっています。インクジェット市場の将来性を俯瞰すると、もはや大きな成長は見込めない市場であるといえます。

複写機・複合機は、トップのリコーに続き、キヤノン、シャープと、日本企業が世界シェアを寡占しています。この分野における日系メーカーの技術優位性は高く、新興国メーカーの参入を許していませんが、近年、次に述べる通りManaged Print Services(MPS)と呼ばれるサービスが注目され、複写機・複合機業界は転機を迎えています。

[ⅱ] コモディティ化:同一の製品カテゴリーの中で、品質・機能・形状などの差別化特性がなくなり、顧客側にとってどの製品を買っても同じという状態のこと。

[ⅲ] EMS(電子機器受託製造サービス):Electronics Manufacturing Serviceの略。デジタル家電製品の受託製造専門会社及びサービス。生産設備を保有しないメーカーから、生産を請け負う。

#複写機・複合機業界はMPSに移行

これまで企業向けのプリンタサービスといえば、一つの企業の中で各事業所や部門が個別に複合機をリース契約するという形態が主流でした。しかし、昨今のコスト削減意識の高まりから、MPS (Managed Print Service)が急成長し、新しいサービスモデルへと移行しています(図−8)。

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MPSは、事業所単位ではなく顧客企業全拠点のプリンタ周辺に関する環境整備を一括で受託する、新しい運用アウトソーシングサービスのことを指します。MPSを提供する企業は、顧客の利用状況を調査・分析し、最適な印刷環境を提案、印刷コストの削減をサポートします。ところが、MPSはメーカーにとってシェアを拡大するチャンスであると同時に、顧客企業のコスト削減にコミットしているため、業界全体としてはプリント需要の削減をメーカーが率先して行うという「諸刃の剣」ともなりうるサービスです。しかし、競合他社がMPSでシェアを奪いにくる以上、キヤノンとしても対応していかざるを得ません。

#MPSの世界シェアは、米Xerox/富士ゼロックスがトップ

MPSの世界市場は今や8000億円を超えており、そのトップに立つのが米Xerox/富士ゼロックスです。2位はリコーと、日本勢2社で世界シェアの半分を占めています(図−9)。

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国内シェアは、富士ゼロックスが65%と圧倒的に強く、2位のリコーが21%。キヤノンは7%と、競合他社に大きな差をつけられています。各メーカーがこぞってMPSを拡充するなか、キヤノンは自社製品の販売に徹するという従来のビジネスモデルに固執した結果、MPS市場への参入が大きく遅れ、現在もシェアを伸ばせていません。

以上、見てきた通り、レーザープリンタ、インクジェット、複写機複合機は業界の転機を迎えており、全体としては徐々に利益の出にくい市場環境に移行しています。

◆スマートフォンの急速な普及によりシェアを奪われたデジタルカメラ

#デジタルカメラの世界出荷台数はピーク時の半分以下に

次にキヤノンのもう一つの主力事業であるカメラ機器事業の状況を見てみましょう。図-10が示す通り、キヤノンはコンパクトデジタルカメラ、レンズ交換式カメラ(一眼レフカメラ)ともに、世界シェアトップを独走していますが、先述した通り2007年以降売上が低迷しています。

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その原因は、市場全体の需要減少と単価の下落にあります。図−11を見ると、デジタルカメラの世界出荷台数は2008年から2010年の最盛期を境に急激に減少しており、今ではピークの半分以下になっていることがわかります。この間、カメラ機能付きのスマートフォンが急速に普及し、低価格帯を中心にデジタルカメラの需要を一気に奪ってしまったのです。

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レンズ交換式カメラは高額商品ゆえ、メーカーにとって大きな収益源ですが、世界出荷台数は2012年の2000万台をピークに減少に転じています(図−12)。大型イメージセンサーと高機能レンズで低価格帯のコンパクト機種とは差別化できていましたが、スマートフォンの普及は高価格帯であるレンズ交換式カメラの販売にも連鎖的な影響を及ぼしています。

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#スマートフォンがもたらす価格下落の負の連鎖

スマートフォンの台頭は、カメラ市場全体に負の連鎖を招いています(図−13)。

まず、スマートフォンが低価格帯のコンパクトデジタルカメラに取って代わりました。カメラメーカーはスマートフォンとの差別化を図るため、ミドルエンド機の機能を強化しラインナップを充実させたところ、今度はミドルエンド機とハイエンド機との間で競争が発生。その結果、連鎖的にハイエンド機の需要減少と価格低下を招いています。

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各ケースの”今”について、どのような課題を見い出し、あなたは何を導き出しますか?(BOND-BBT MBA事務局より)
今回のケースをご覧になられて、皆様いかがでしたでしょうか?書籍からの転載ということもあり、最後の結論についてこの場でご紹介することができず心苦しいところではございますが、「RTOCS®」に取り組む際、私どもは「皆様ならどうするか?」という点を大切にしております。

大前研一が述べている解説が正解というわけではございません。あくまでも、論拠に基づいて考え抜いた“ひとつの解”です。その思考プロセスから考え方や視点などを学び、ご自身でその時々の“最適解”を導き出せる力を鍛えていっていただきたいと考えております。

上記のプロセスをご覧いただき、皆様でしたら最終的にどのような結論を導かれますでしょうか。ぜひ一度、お時間をとって考えてみてください。

そして、ご自身の考えと大前の考えを比較してさらに学びを深めたいとお考えの方は、よろしければぜひ書籍をご購入いただければと存じます。