平久保仲人先生 | 「信用」を武器に変えるマーケティング戦略 講演会レポート
概要
Bond BBTのMBAコースに入学すると最初に学ぶのが、マーケティング・マネジメントです。科目を担当するのは、平久保仲人先生。Bond-BBT MBAコースの開設以来、教鞭をとり続けてきている先生です。平久保先生の近著の出版を記念して、講演会が2013年8月に開催されました。本記事は、2013年8月に開催された講演会の内容をもとに作成されております。
講師プロフィール
平久保 仲人先生
ニューヨーク市立大学
ブルックリン校 ビジネススクール准教授 BOND-BBT 非常勤准教授
1995年、ベース大学ビジネススクール博士課程終了。アメリカ技術移転協会マネジャー、ウィンマックス社(ニューヨーク)副社長、セント・ピーターズ大学助教授を経て現職。専門はマーケティング戦略、消費者行動論、ポジティブ心理学。著書に「マーケティングを哲学として経営に取り入れるということ」(日本実業出版社)、「MBAマーケティング」(日経BP社)、「アメリカの広告業界が分かればマーケティングが見えてくる」(日本実業出版社)、消費者行動論(ダイヤモンド)がある。日本、および海外のマーケティングを熟知し、アメリカのMBAコースで教鞭をとる数少ない日本人の一人です。
https://bondmba.bbt757.com/lecturer/cat1/nakato-hirakubo.html
経営戦略の歴史とマーケティング
経営戦略の歴史とマーケティングの変遷は、大きくシンクロしています。
戦略黎明期
テイラーによる科学的なマネジメントが導入され、メイヨーは別の側面から人間関係の概念を導入しました。次いで、チェスター・バーナードが経営者の役割を定義し、外部環境の変化に適合することの重要性を説きました。おなじみのピーター・ドラッカーは、企業経営とは何かというコンセプトを明示し、「顧客の創造」、企業とは「人間的機関」であり、「社会的機関」でもあると説明しました。アンゾフは、市場について既存市場と新規市場に、もう一つの軸に製品をとり、既存製品と新規製品に分けて、2X2の4象限のマトリクスで考えるコンセプトを提唱し、アンドルイーズはSWOTを、そしてコトラーに至りマーケティングの体系化がなされました。
ポジショニング派とケイパビリティ派
ポジショニング派の代表例としては、マイケル・ポーターのFive Forces分析が有名です。
一方で、ポジショニングだけでは説明のつかない事例が多いことから、コアコンピタンス経営などのケイパビリティ派が生まれました。この両者を統合したのが、ミンツバーグであり、ブルーオーシャン戦略へと続いてきました。それでもまだ、説明がつかない事例が多々あります。
経営戦略の歴史は、企業の成功要因の分析の歴史でもあります。一体、企業の成功要因とは何なのでしょうか?今日はそのことについて、3点にまとめてお伝えします。
企業の使命とは?
経営学の分析により、成功する企業/経営者には確固たるミッションがあることが明らかとなっています。さて、そのミッションすなわち企業の使命とは何でしょうか?実は、その答えは我々がなぜ働くかの理由にもつながっているのです。
そもそもなぜ私たちは働くのか
まずは自分のことを考えてみましょう。私たちはなぜ働くのでしょうか?お金を得るためだけなのでしょうか?
日々のルーチンワークに追われて、明日のことを考える余裕すらないかもしれません。しかし、なぜ私たちはここにいるのでしょうか。自分の人生の意義について考えた時、「仕事」はどんな位置づけなのでしょうか。
お金を得るため、確かにそうです。生きていくためにはお金が必要です。でも、お金のためだけに生きるわけではありません。生活を送るためにお金が必要なのであって、手段の一つです。
では何を目的に生きていくのでしょう?
一方で、企業の使命とは何でしょうか?こちらも「お金」すなわち「利益を得ること」なのでしょうか?利益を得ることは、企業の目的=Goalたり得るものでしょうか?
そもそも、企業が利益を得たら次に何をすべきなのか
株主に配当を払う、従業員の給料を増やす、寄付をする、などあります。実際は利益を上げた後にすることがあるわけです。つまり、利益とは手段であり、目標=Objectivesであって、最終使命ではないのです。
最終使命とは、企業が掲げるミッションに集約されます。つまりはWhy?なぜその事業を行うのか?に対する答えです。使命を果たすためには滅多なことで妥協しないことが大切です。ブレてはいけません。行動や判断にブレが生じるのはミッションが明確でないからです。
企業の使命とは、お客様を喜ばせることです。困っている人を何とかしてあげたいという思いが、原点にあるはずです。そしてさらに大切なことは、その価値観が社員全員に共有されていることです。なぜなら、マーケティングは全員参加の活動だからです。そのためには社員教育も充実させる必要があります。
そして一人ひとりの個人については、目の前の仕事をとことん一生懸命にやることです。自分とかかわっている人を幸せにすることを心掛けましょう。
でも、それだけではダメです。アメリカには“Family first”という言葉があります。自分を支えてくれる家族を第一に考えようというものです。誰かが犠牲になることで、誰かが得するようなビジネスというのは本来あり得ません。ブラック企業など、あってはならないものなのです。
お客様を喜ばせることが、自らの幸せになる。
ポジティブ心理学によると「幸せ」には2つの種類が存在します。一つは「快楽」です。そしてもう一つは「利他による幸福感」です。他人を幸せにすることによって得られる幸福感は絶大です。最も有効なお金の使い方は、人のために使うお金が一番良いとされています。すべては自分に返ってくるのです。自分の周りの人を幸せにすること、仕事はその一つの手段なのです。
利益や売上を目的にしても戦略は浮かんできません。例えば、ある製品を10個売りなさいという業務命令があったとします。あなたならばどんな策を練るでしょうか?
しかし、この業務命令はスタート時点から間違っているのです。この場合、えてして値段を下げようという方向で考えてしまいがちです。
そうではなく、客を喜ばすにはどうするかを考えたらどうでしょう。客を喜ばす方法なら幾らでも思いつくはずです。本来その製品を必要としているお客様の問題解決をサポートして、良かったと思ってもらうことが出発点になるべきなのです。
マーケティングコンセプトの変化
これからのマーケティングのコンセプトは、ますます顧客中心主義に回帰していくでしょう。さらに顧客中心から一歩踏み込んで、自分の会社をお客様が経営したらどうなるのかを考えてみたらどうでしょう。
・適正価格/適性利益はどの程度でしょう?
・社員はどのように管理するでしょう?
そして、お客様は単純に品質「うまい」、経済性「安い」、利便性「はやい」だけを求めているのでしょうか?利便性が向上する一方で、人は必ず温もり(ぬくもり)を欲するでしょう。情緒的な価値がますます重要になるのではないでしょうか。
第1のポイント:企業は社会に幸福を創造するために存在する。
企業は回転し続けるコマのようなものです。お客様を喜ばせ、社員も幸せを感じ、その結果として利益が得られて、株主も満足する。そして地域社会に貢献し、良き企業市民として社会的な責任を果たしていく。お客様、社員、株主、地域社会といったステークホルダーをすべて幸せにするコンセプトを実行する必要があります。共存共栄していかない限り、企業の存在価値は生まれません。ES(従業員満足)なくしてCS(顧客満足)なし、といいます。企業は、社会に幸福を創造するために存在するのです。これが第1のポイントです。
第2のポイント:リーダーシップの重要性
どんなに優れたマーケティング戦略を立案したとしても、実行されないことには意味がありません。その実行を左右するのが、リーダーシップです。
それでは、優れたリーダーの条件とは何でしょうか。
(1) Expertise 知識、技術、経験の蓄積からくる直感やひらめき
(2) Enthusiasm パッション、情熱(しばしばEnthusiasmは、Expertiseをカバーすることができる)
(3) Execution 実行力、コミットメント
(4) Empathy 共感力、Engagement
一般的に女性はEmpathyの能力に優れています。ですから、女性の能力をいかに活用するかが問われていると言えます。
・ 価値を創造する
・ 惜しみなく与える
・ 感情を上手に使う
というものがあります。どれも一朝一夕にできるものではありません。
基本となるものに、Mutual Respect(互いの尊重)を大切にする姿勢があるでしょう。職掌の上下関係とか、入社年次で尊重の度合いが変わるというのはおかしなものです。そして、Servant Leadershipのようなリーダーシップがこれからのあるべき姿ではないでしょうか。リーダーシップの重要性、これが第2のポイントです。
第3のポイント: 原点回帰 – 中小企業の生きる道
未来を予測することはできません。一方で、過去から学ぶには限界があります。なぜなら、成功体験が足かせになることが多く、今起きている変化に対応できないことがあるからです。とにかく目の前のことに集中しなくてはなりません。
1. イノベーションとデザインを組み合わせること
既存技術を活かしたマーケティングイノベーションを仕掛けるやり方です。機能や価格といった合理的価値だけではお客様の心は動きません。そこに情緒的な価値を組み合わせることで、はじめてお客様の満足を得られるようになります。ですから、外観上の模倣は逆効果です。
2. 海外進出
特に日本の場合は、海外進出のプライオリティーを上げる必要があります。毎年30万人以上の人口が減少しています。市場はどんどん縮小する一方です。外に活路を求めなくてはなりません。
3. チャレンジし続けること
ビジネスは、いつもロングテールです。多様な製品・サービスがありながら、売上の大半をたたき出すのは限られた製品・サービスによるものです。そして、試行錯誤を繰り返すことです。
これからのマーケティングは原点回帰を強めていくでしょう。大手企業であれば、ビックデータを活用したリレーションシップ・マーケティングの活用の頻度が高まるでしょうし、ネット販売やオンライン教育などの、利便性を追求したサービスの提供が行われるでしょう。しかし、すべてがその方向に行くわけではなく、おそらく二分化されるだろうと思われます。
もう一つの方向としては、顔が見えるリレーションシップ、人と人の温もりが伝わる関係が見直されるでしょう。まさにここに中小企業に生きる道があると考えます。そこでは、一つひとつ積み上げてきた「絶対的な信用」がものをいいます。
これが第3のポイントです。
最後に、著書から平久保先生の言葉を引用して終わりにしたいと思います。
社会が企業に正義を求めるのは当然です。害悪をもたらす存在であってよいわけがありません。
消費者を疑心暗鬼にし、社会を不安に陥れる企業と十把一絡げにされないために、今求められるのは、信用を得るマーケティングです。信用は企業にとって最も価値のある財産となります。(中略)商いとは崇高な営みです。客を喜ばせ、雇用を生み、取引先や株主に利益をもたらして、税を支払うのが健全な企業の姿です。余力があれば、それを社会に還元するのも企業に課せられた責任でしょう。近江商人の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」が経営者に求められる。「はじめに」より