もしも、あなたが「日本経済新聞社社長」ならば【RTOCS®】
「RTOCS®(Real Time Online Case Study)」をご存知でしょうか?「RTOCS®」とは、BOND-BBT MBAプログラムをBOND大学と共同で運営する株式会社ビジネス・ブレークスルーが独自に開発した教育メソッドです。国内外の経営者、リーダーが取り組んでいる現在進行形の課題をケースとして取り上げ、「自分がその組織のリーダーであればどのような決断を下すか」を経営者、リーダーの視点で考察し、「意思決定」に至る力を鍛錬。前例のない予測不可能な現代社会において時代の流れを読み取り、進むべき道を見極め、切り拓くことのできるビジネスリーダーの育成を目指しています。
本プログラムでは大前研一が担当する「戦略とイノベーション Part A(Strategy and Innovation Part A)」で取り組む「RTOCS®」。一部のケースが書籍化され、Amazon等で販売されています。
今回は、書籍版「RTOCS®」で取り上げられるケースの一部をご紹介していきたいと思います。1つのケースにおいても解説をすべてお見せすることができないのが残念ではありますが、「RTOCS®」の一端を垣間見ることができるのではないでしょうか。お時間があるときにぜひご覧ください。
今回ご紹介するケースは、日本経済新聞社です。
あなたが日本経済新聞社社長ならば、販売部数と売上高が低迷するなか買収したFinancial Times Groupとどのようにシナジーを図るか?
【BBT-Analyze】大前研一はこう考える~もしも私が日本経済新聞社社長だったら~
日本経済新聞社は国内全国紙5紙のなかで経済紙として確固たる地位を築き、総合メディアグループとして放送、出版、金融専門情報など様々な事業を展開する。昨今、業界ではインターネットメディアの普及により読者及び広告主の新聞離れが加速しており、同社もその影響を強く受け長期にわたり業績が低迷している。そのような状況のなか、2015年7月、英国の有力金融専門紙Financial Timesを発行するFinancial Times Groupを高額で買収し注目を集めた。今後、同社がFT Groupとのシナジーを図りつつ、いかにデジタル時代における収益モデルを構築し、さらにはグローバル化を進めていくかが課題となっている。
◆Financial Times Group買収に踏み切った日本経済新聞社
#メディア界に衝撃が走った、Financial Times Groupの高額買収
2015年7月、日本経済新聞社(以下、日経)は、英国の有力金融専門紙Financial Times(以下、FT)を発行するFinancial Times Group(以下、FT Group)を8億4,400万ポンド(約1,620億円)で買収しました。今回の買収は様々な点で注目を集めています。買収金額がFT Groupの収益力から見て巨額であることから、買収にどのようなメリットがあるのか、ジャーナリズムの文化が異なる両社が上手くいくのか、さらには、財界とのつながりが深い日経の企業不祥事に対する消極的な報道姿勢がFTに悪影響を与えるのではないか、という懸念まで報道されています。日経はFTの編集権の独立性を維持するとしていますが、いずれにしろ、これらの懸念を払拭するためにも日経がFT Groupとどのようにシナジーを図り成長戦略を描くかということが重要です。
#新聞以外も幅広く手がける総合メディアグループ
日経は新聞事業を手がける中核会社を事業持株会社として、傘下に出版事業や印刷・製作、広告・販売、金融情報・データ、テレビ放送などを手がける総合メディアグループです(図1)。
事業の中核となる日本経済新聞(以下、日経新聞)は、国内の全国紙5紙のなかで販売部数は4位、売上高は3位に位置しています(図2)。販売部数が最も多いのは読売新聞で、朝日新聞、毎日新聞が続き、その後に日経新聞、産経新聞という順になっています。販売部数のわりに売上高が大きいのは、全国紙のなかで唯一の経済紙として差別化ができており、その専門性の高さとブランド力で他紙より高額な購読料を設定できるという強みがあるからでしょう。
#インターネットの普及とリーマンショックで新聞は衰退
ブランド力があるからといって、日経の業績に全く心配がないとはいえません。2008年のリーマンショックで企業の広告費が減少し、2009年には利益がマイナスへと大幅に落ち込みました(図3)。現在は約100億円の純利益が得られるまで回復していますが、リーマンショック前と比べると売上高も利益も低下したままとなっています。
これは日経だけでなく、他の新聞社も同様です。各社とも販売部数は漸減しており、連結売上高はリーマンショック以降、大幅に低下しています(図4)。
新聞発行部数の減少は、インターネットの普及が背景にあると考えられます。[図5/国内新聞発行部数推移]に示すように、インターネットが一般に広まってきた1990年代末から、発行部数は一貫して減少し続けています。国内全体の新聞発行部数は、1990年代は5,300万部を超えていましたが、2014年には4,536万部まで落ち込んでいます。
◆高額買収の実情 ピアソンの思惑と日経の弱点
#ピアソンはなぜFinancial Times Groupを売却したのか
FT Groupはロンドンに拠点を置き、教育出版・サービスを中核事業とする複合メディア企業ピアソンの傘下にありました。FT Groupは金融専門紙のFT、経済誌のEconomist、株価指数組成や管理を行うFTSE[i]、金融データサービスのプロバイダーであるIDC[ii]で構成されていました。親会社のピアソンは教育サービス事業に集中するため、2010年以降、FT Groupを事業ごとに売却してきました。日経へのFTグループ売却買収もその一環です(図6)。
[i] FTSE:Financial Times Stock Exchangeの略。FTSEが提供する「FTSE指数」は、株式市場の投資家向けグローバルベンチマーク。世界各国の市場における投資可能時価総額の98%以上をカバーする。
[ii] IDC:Interactive Data Corporationの略。
今回の買収金額は約1,620億円で巨額といわれています。[図7/FT Group買収額の規模]で示すように、FT Groupの営業利益約46億円の35年分に相当し、かなり破格の買収額となっています。日経の手元流動性は1,391億円、営業利益は168億円、EBITDA[ⅲ] は319億円ですので、まさにこの買収にすべてを注ぎ込んだという感があります。
FT Groupの売却は、もともと大衆紙を発行するドイツのアクセル・シュプリンガーを相手に1年前から交渉が進められていました。Wall Street Journalの報道[ⅳ]によると、このときの買収提示額はFT Groupの営業利益の約19倍、約880億円だったといわれています。日経の買収交渉は、わずか2ヵ月でアクセル・シュプリンガーが提示した額のおよそ2倍の約1,620億円ですので、ピアソンとしては想定を遥かに上回る金額で売却できたことになります。
[ⅲ] Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortizationの略。企業の利益をはかる指標の一つで、税引き前利益に支払利息と減価償却費を合算して求める。
[ⅳ]Wall Street Journalの報道:「ピアソン、FT売却で手元資金を確保-日経は利益の35倍支払う」http://jp.wsj.com/articles/SB10777827119304873821304581127122596409408を参照。
#日経とFinancial Times 売上高は異なるが、利益に差なし
日経とFT Groupの業績を比較すると、売上高は日経の方がかなり高くなっています(図8)。FT Groupの売上高は約862億円ですが、日経は単体でも1,704億円とFT Groupの約2倍、連結では3,006億円と約3.5倍の規模です。
しかし利益ベースで見ると、日経の経常利益は単体で132億円、連結で190億円ですが、FT Groupの営業利益は約106億円と売上高ほどの差はありません。また、日経が減収傾向であるのに比べ、FT Groupは増収傾向にあります。
#Financial Timesはデジタルへの移行に成功、有料契約数を伸ばす
FT Groupの利益増大の要因の一つは、FTがデジタルへの移行に成功し、有料契約数を伸ばしていることです。FTは世界で最もデジタル化が進んだ金融専門紙で、そのデジタル比率は69%に上っています。また、全有料契約数におけるデジタル版の契約数は2004年には7.5万件でしたが、徐々に増え2014年には50.4万件と全契約数の7割を占めるまでになりました(図9)。デジタル版の増大とともに、全体の契約数も伸び、2004年の50万件から2014年には72万件へと約1.5倍になっています。
FTのペーパー版はピンクの紙面で有名ですが、世界各地で入手できるわけではありません。とはいえ、記事の内容はよいものですので、インターネットに接続できる環境があれば誰もが入手できるデジタル版が増えている、という状況にあるのだと思います。
一方の日経新聞は、日米欧の主要経済紙のなかでも有料契約数は最も多いですが、デジタル比率は最低です。[図10/日米欧の主要経済紙の有料契約数]にあるように日米欧の4紙を比べると、有料契約数は日経新聞が317万件と抜きん出て多く、Wall Street Journalの220万件、New York Timesの178万件、FTの73万件が続きます。しかし、デジタル比率に関してはこの順位が逆転し、トップはFTの69.1%で、日経新聞は13.6%に留まります。
◆グローバル化を阻む日本市場と日経の特殊性
#日本は“新聞好き”の特殊市場
これまでの内容からわかるように、日本はまだ新聞がペーパー版で読まれる割合の方が多いという特徴があります。さらに、主要先進国のなかでは有料新聞販売部数が最多で成人人口の4割超が新聞を購読するという、世界でも極めて特殊な市場です(図11)。
他の国と比べると、日本がいかに特異な状況にあるかがわかります。米国の販売部数は4,070万部ですが、成人人口に占める購読率は16.1%に留まります。ドイツや韓国の購読率は25%前後ですが、販売部数はそれぞれ1,720万部、1,090万部です。一方、主要新興国に関しては、中国、インドは人口が多いため販売部数は1億1000万部を超えていますが、購読率はそれぞれ10.5%、12.7%です。
日本人の“新聞好き”は、新聞発行部数ランキングにも表れています。[図12/世界新聞発行部数ランキング]は全世界でのランキングですが、1~3位は読売新聞、朝日新聞、毎日新聞と日本の新聞が独占しています。日本では新聞離れが進んでいるとはいえ、世界的にはかなり特殊な状況にあるといえます。
#どこよりも高額な日経新聞の購読料は、グローバル化の障害に
有料契約数の多い日経新聞ですが、その購読料は高額です。デジタル版の1ヵ月の購読料は、FTは約3,290円、Wall Street Journalは約2,149円、New York Timesは約1,800円ですが、日経新聞は4,200円と、かなり高額に設定されています(図13)。
日経がこの価格を維持できるのは、やはり日本市場の特殊性によるものだといえます。しかし、今後グローバル化を進めるにあたり、日経新聞の購読料の高さはグローバル化の大きな障害となるでしょう。
・【ドラッカーの格言から学ぶマーケティング入門 第1回】
・もしも、あなたが「ニトリホールディングス社長」ならば【RTOCS®】
・もしも、あなたが任天堂の社長ならば【RTOCS®】
各ケースの”今”について、どのような課題を見い出し、あなたは何を導き出しますか?(BOND-BBT MBA事務局より)
今回のケースをご覧になられて、皆様いかがでしたでしょうか?書籍からの転載ということもあり、最後の結論についてこの場でご紹介することができず心苦しいところではございますが、「RTOCS®」に取り組む際、私どもは「皆様ならどうするか?」という点を大切にしております。
大前研一が述べている解説が正解というわけではございません。あくまでも、論拠に基づいて考え抜いた“ひとつの解”です。その思考プロセスから考え方や視点などを学び、ご自身でその時々の“最適解”を導き出せる力を鍛えていっていただきたいと考えております。
上記のプロセスをご覧いただき、皆様でしたら最終的にどのような結論を導かれますでしょうか。ぜひ一度、お時間をとって考えてみてください。
そして、ご自身の考えと大前の考えを比較してさらに学びを深めたいとお考えの方は、よろしければぜひ書籍をご購入いただければと存じます。